Eddie Cがベルリンから離...

2013-11-23

  • 2013-11-23 :
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Artist Interview

Eddie Cがベルリンから離れられない理由エディーシー

ニューディスコ〜ダウンビート・シーンで絶大な支持を集めるカナディアン・ビートダウン・マスターEddie C。自身の作品リリースのみならず多岐に渡るリミックスワークも好評で日本のCrue-LやEndless Flight等からもリリースし日本でも多くのファンを持つ彼の独自の音楽的ルーツから生み出す未来的なグルーヴの秘密に迫ります。

----『日本にはどのくらい来日されていますか?日本に来る時に楽しみにしていることは??』

今回7回目で半年ぶりだね、嫌なところがないから毎回日本は楽しみだよ。
レーコドショプもいいし、いいパーティーもやっているし、ご飯もおいしいし、人もいいよね。今回奥さんを連れてきていないからうらやましがってるよ 笑

----『先日のアゲハでのプレイは最高でした。どんなイメージでセットを組んだのでしょうか?』

今回の来日は、大きいバッグ1つと、ちょっと小さめのバッグ1つを持ってきたんだけど、ほとんどバイナルでプレイするから、持っていける音楽の量に限界があるんだよね。
だからベルリンを発つ前に、だいたい日本でかける曲の大雑把なイメージは作ってきているよ。

----『ご自身の音楽的ルーツを教えて下さい。』

初めて自分でダンスミュージックを聞くようになったのが88年位、その頃はちょうどトロントとデトロイトの間くらいに住んでいて、ラジオをかけるとアシッドハウスがかかっていてよく聴いていたね。そのあたりが僕のルーツになるかな。夜の1時から朝の6時位までラジオでダンスミュージックがかかってて、半分眠りながらラジカセに録音して朝聴き直していたよ。そのカセットテープは今でも持っているよ。(笑) カナダのトロントは、イギリス人が多く住んでいて、アシッドハウスをかける番組があったり、他にはヒップホップ、あとはジャングルとかドラムンベースもよく流れていたね。
その頃のシーンは(88年頃)、トロントの倉庫でウェアハウスパーティーがよく開催されていて、すごくいいシーンだった。当時、僕はまだ12歳だったからクラブには行けなかったんだけど、ちょうどレコードを買いはじめていた頃で、周りの友達はニューウェーブとかヒップホップを聞いていたけど、僕はアシッドハウスっぽいものが好きでそういうジャンルのレコードを買っていたかな。初めてクラブに行ったのは16歳の時でノンアルコールしか売っていない誰でも入れるでっかいレイブにいったのを覚えているよ。

----『カナダで10年間山の中で生活を送っていたそうですが、そこではそんな生活をしていたのですか?』

最初はトロントにずっと住んでいて、環境科学を専してて23歳で大学を卒業したけど当時何の仕事をしたらいいか分からなかったし仕事をする気もなかった。当時付き合っていた彼女(今の奥さんなんだけど)と一緒にたまたまユーコンに片道7日間のロードトリップに出かけたんだ。ユーコンに遊びに行って帰る途中、スキーリゾートの街を通過した時ものすごく綺麗な街だったのでちょっとここに住んでみようと思ったんだ。初めは1シーズンだけのつもりだったんだけど、結局10年経っちゃったね。(笑) まあ10年、山の中に住んでいてもレコードは相変わらず掘っていたけどね。
レコードショップは僕らが住んでいるところから1時間位のカルガリーって街にカナダで一番大きいレコードショップがあって、そこでいつも古いディスコ、ファンクの音源を掘っていたね。
ちょうど同じ頃にスクラッチという映画が公開されていて、自分がいつも通っていたレコードショップがフィーチャーされていてDJ Shadowとかカットケミストもそこで掘っていたのにはびっくりしたよ。山の中の生活はそういうレコードショップでディギンしたり、自分の曲を作っていたかな。 

----『ベルリンへ移住したとお話を聞いています、現在の生活拠点はどこですか?』

ベルリンだよ。三年くらいになるかな。それまでは山の中に住んでいて冬はスキー、夏は避暑地のリゾートタウンだったから観光客が来る小さいバーでずっとDJをしていたんだ。それで生活費を稼げていたからね。そんなことをやりながらヒップホップの曲を作っていて当時それをマイスペースにあげていたんだけど、友達から同じサンプルでもっとハウスっぽくしたら?と言われて新しい音楽を作りはじめたんだ。その頃(05年) JISCOからMARK Eのレコードが出始めていて、その音源がかなり好きだったからその流れで自分の作った曲をMARK EとJISCOに送ったんだ。そうしたらその音源がすごくいい反応で、フランスのKaratからオファーがきたんだよ。
その後レコードを作らないかと誘われて2009年くらいにレコードを三枚リリースして、同時にヨーロッパツアーに初めて行ったんだ。ヨーロッパツアーでベルリンを回った時に偶然にベルリンに住んでいる友人が何人かいて、ベルリンに来ないか?と誘われて、行くか!みたいな感じでベルリンに移り住んだんだ。(笑) 地元カナダで音楽をやっているとみんな友達になるんだ。The Moleとは地元が一緒で、Akufen、Mike Shannonも仲いいよ。みんなベルリンにいるけどね (笑)

----『ベルリンでなければいけなかった理由は?また、大自然に囲まれて過ごしていたカナダから現在のドイツに移った事で、気持ちの変化やDJの変化はありましたか?』

もともとレコード文化を大事にする街に住みたいなと思っていて、今住んでいるベルリンは、まだまだレコード文化を大事にする人たちがたくさん集まっているんだよ。それがベルリンでなければいけない理由の一つかな。
DJの変化と言えば、ベルリンのメインストリームのクラブで友達がDJをやっていて、セラートを使っていたんだけどコンピューターの前でかけたい曲を検索して探さないといけない。それがついていけなかったね。レコードだったらヴィジュアルで分かるし、そこの思考の転換に違和感があったね。僕は未だデジタルDJに違和感がある。
トロントでもレコードカルチャーがずっとあったし、今自分がよく通っているベルリンのレコードショップは今年2店舗目をオープンさせたし、ベルリンはそういうレコード文化がしっかり残っているよね。そこがすごく気に入っているよ。ほかにベルリンの気に入っているところはカナダよりも家賃や食費諸々全部安いとこだね。物価が安い分、ギャラも若干低いんだけどね。(笑) この間Moleの家に遊びに行ったときに新しいジーンズを履いて行ったら、稼いでるんだね〜 (笑) って言われたよ。ベルリンでの生活はみんなそんな感じだね。(笑)

----『DJという職業は、世界を旅したり、音楽とつねに過ごす日々が多いですが、この職業の良いとこ、悪いとこは?』

自分の好きなことをやっていて、もうそれが殆ど自分の意志の積み重ねであるから何も文句を言うことはないね。ただ睡眠時間が足りなくなることがあるけど、自分のやりたいことをやっていることがどんどん繋がってきていると感じているよ。

----『DJとしてのターニングポイントはいつ?』

90年代からMike Shannonとパーティーをやったり、トロントでDJをやっていてその頃はただの楽しみでやっていたんだよね。山の中に住んでいた頃はDJとして生活費を稼げていたけど、特に何か大きなターニングポイントがあったというよりは段々と良い方向に変化していって今に至ってる感じかな。

----『あなたのDJとサウンドプロダクションは全く別物ですか?サウンドプロダクションはフロアを意識した制作ですか?それとも全く違うものですか?』

レコードを掘る時は自分がサンプルに使うものと、クラブでかけるもの両方を探しに行くから探し方は違うね。音楽を作る時も自分で聞きながらクラブでかければ皆踊るんじゃないだろうか、そういういいバイブスが出来るようなものを作ろうとしているから、DJやる時と音楽を作ろうとしている時であまり違いはないね。 

----『これからハイシーズンです。ここだけはいけ!という国、パーティーを教えてください。』

東欧、特にブカレストが今オススメ。自分はまだ行ったことないんだけれども友達はみんないいって言っているね。ロシア、ポーランド、ウクライナもいい。ウクライナは人の熱気がすごくて何をかけてもよく踊ってくれるみたいだよ。アメリカも5年位前に比べて今はすごく良くなってきている。デトロイトとかサンフランシスコも、サンフランシスコにある真四角の箱でブースが真ん中にあって床から天井まで全方向にスピーカーが向けられていて、ブースから全体をコントロールできるんだ。トゥートゥートゥーっていうところはかなりヤバい。あとは、サンフランシスコのハウスピタリティーていう毎週水曜日にやっているパーティーは変な人ばかり集まる(笑)すごくいいパーティーだよ。

----『現在音楽をやっていくには大変な時代と言われていますが、DJが音楽シーンに貢献する役割があるとしたら何?』

不思議なことだけど、ベルリンに住んでいると音楽業界が衰退しているようには全く感じないし、逆に成長しているようにさえ感じる。いいDJがいると、オーディエンスの中から3、4人が自分のレコードをDJに渡したりとか、今でもそういうことが全然ある。日本にはすごくいいDJやプロデューサーがいっぱいいるのに、日本(世界)で音楽が衰退(売れない)していると聞くのは意外だね。日本のアーティストの作品を扱っているレコードショップもベルリンには結構あるし。
僕が出来ることは、DJ中にレコードをかけてプロモートすることくらいかな。(笑) 本当に音楽が好きで音楽を作っていて愛情があれば、自然とみんなバイナルでリリースすると思うし、そういうものが好きで大事にしていく人たちのシーンが世界にはまだある。それが1つの家族というかコミュニティーになっているから、そういうのが好きな人ならいつでもウェルカムだしね。

----『あなたにとって音楽とは?』

音楽は食事をしている時とか生活の中に常にあるもので、自分が今音楽をやってこういう立場にいれるのもすごく不思議なことで、例えば、ブラジルや、キューバ、トロント、デトロイトなど世界中にはすごい才能を持った人たちも同じように音楽をやっていて、常に世界中音楽があって、それなしでは生活できないもの人もたくさんいる。音楽って言っても一括りにはできないね。つい最近ベルリンでカルチャーフェストで観たすごいバンドはドイツのジャーマンパーカッションアンセンブルで指揮者がいて、音はテクノ。20人くらいのパーカッションバンドで、指揮者の指示通りにドラムを叩いているからアコースティックバージョンのプラスチックマンみたいだったね (笑) その時のバイブス、フィーリングで音楽を演奏していて観ているオーディエンスは同じ熱狂で踊る。だから音楽といっても全然違うアプローチがあって、幅がある。おもしろいね、音楽は。

----『今後の予定を教えてください。VAVAを見ているオーディエンスへのメッセージをお願いします。』

月曜日に新譜が出るよ。ナンバージャクソンヘルっていうアムステルダムのレーベルから。あと去年はリミックスをいっぱいやったからそれがリリースされてくるはずだよ。レッドモーターバイクからの10作目のリリースはMADLIBぽい感じのカナダのアーティストを集めてコンピみたいなアルバムを作る予定なんだ。あと7月にも新譜が出るからチェックしてね!

  • EDDIE C
  • デトロイトとモントリオールの中間に位置する南オンタリオで育った彼は、80年代後期からヒップホップやアシッドハウス・シーンに影響を受け、直に音楽に触れる為にレコードショップやウェアハウス・パーティーに通い始めるようになった。ハンドスタンプ限定レーベルRED MOTORBIKEの運営等自身の作品を中心にリミックスワークも多岐にわたる。オールドスクールライクなディスコトラックの中に新しい才能を感じさせる極上スローモーディスコミュージックは多くの音楽クラウドを魅了している。ベルリンに拠点を移してからもその活躍はより一層広まっている。

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UPDATE 2013.11.23 03:02

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