福田創一郎 a.k.a HOO...

2013-11-23

  • 2013-11-23 :
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Artist Interview

福田創一郎 a.k.a HOOKYフクダ ソウイチロウ

福田 創一郎(Hooky)。高校卒業後、アジア、ヨーロッパ各地を旅行し帰国後、写真スタジオに所属し本格的に撮影技術を学び、2001湘南辻堂海岸にsputnik beach にてドキュメント撮影をする。後のロンドンバス日本横断パーティツアーで知られる、tripsterの旅の仲間となりドキュメント撮影。2006年には日本の代表的な旅の芸術家、葛飾北斎にインスパイアされ、rei(hatos)と絵と写真での記録の旅をスタートTHE NORTH FACE の協力により『Survival Drive』を出版。2009年アメリカ、ポートランドにて『survival Drive Exhibitions』を行う等多方面活躍するHOOKYの本音に迫ります。

幼少期からの親友でもあるDJ KONによる普段聞けないHOOKYのコアな部分をトークセッションでインタビューしました。写真家 福田創一郎のバックグラウンドや作品に対する情熱を語ってもらいました。

----昔から一緒にいたから知ってるけど、10代そこらは多摩エリアに生息して、スケートボードかHIPHOPにどっぷりはまってた感じだよね。その後の脳内革命から写真家っていう今に至ってると思うんだけど、そういう活動に転機とかってあるのかな?

写真は結構中学位から撮ってて、今もそういう本とか残ってるんだけど、モノクロのフィルムでスケボーやってる友達とかを撮ったりしててそこが原点としてあるとは思ってるんだけど。ずっとやっていこうって思ったのは23、24歳くらいで、それはスプートニックっていう辻堂の海の家があったんだけど、そこはまあ初めは普通に遊びに行ってて、なんていうか自分にとってすごく魅力的な場所で、いい意味で未完成な場所でそこにずっといると関わりたくなってくるというか、クリエイティブなマインドになる場所なんだよね。未完成な故にやりたいことが溢れるような場所だったわけ。まあそこの場所を写真で撮りたいって思ったのが最初きっかけかな。それでその次の年からはスプートニックにスタッフで参加して、お前は写真を撮れって訓一君に言われて、写真を撮りながらバーとか設営とか全部やりながらね。それまでは写真を人に見せるということをした事無かったんだけど、撮った写真をスタッフのみんなに見せたらすげーいいじゃんってみんなに言ってもらえて。俺もそういう反応が嬉しい&これはやってみる価値あるのかなって思ったんだよね。

----高校時代一緒に遊んでるときはDJとかスケボーやってたんだけど、俺もフッキーの写真を観て、ふっきーって写真家なんだなって自然に俺は感じてたけど、やっぱりそれってお父さんが写真家でそういうのも影響はあったのかな?

それは結構、間違いなくあって、ずっと子供の頃から写真は身近にあって。物心ついた時やこれから本気で何やってこうってなった時に、当時は写真から逃げて、親への反発とか、もっと遊びたいみたいなのがあって、海外とか行きまくって。でも戻ってきてバイトとかして食い繋いでたんだけど。それじゃつまんないし、旅先みたいに日本でも刺激的な日々を送りたいなって思ってそれだったら写真しかないかなってなって、一回親父のスタジオに勉強とかのために入ってそれからって感じだね。

----これまでノースフェイスと仕事したりとか、紆余曲折あったと思うんだけど、今はどういうの物を1番取りたいって感じなの?

今は、結構、なんかこう日々の生活かな。生活に本当今凄いはまってて。日常っていうか。日常生活を日々過ごす事が快感になってて。どっか行ってとか旅に行って写真を撮ったりとか、そういうのやってきたんだけど。写真はどこで撮ってもいい写真はいいし、もう無理しないで自分の生活を続けた中での日々の、なんかちょっと気になる安心を撮ってる感じなんだけど。でもまた、今後これはまって撮りたいなって物が出てきたりすると思うし、海外とかも行ったりすると思うけど、今は日常生活や自分の生活してる場所も面白いし、近所で写真撮ってるね。例えば、些細な西日がいいなあとか、今日は雨降ってるけど夜散歩してみようとか、そういう中で見えてくる景色というかそういうのを撮ってるが楽しいですね、今は。

----面白い猫の顔だったりとか、おばさんの後ろ姿だったりとかいつもフッキーの写真には自然な感じが反映されてて。作品を見る人に感じてもらいたい事とかってあるの?

なんか特にメッセージを持ってなんかするとかそういうのは具体的には無いんだけど、写真を見せるってことは人と付き合っていくみたいな。なんか最近は結局それでしかない気がしてて。人生は人とで会っていくものだし。相手に見せる事によって得られる共感や気づきみたいな人間の関係のものでしかないというか。一人で撮って一人で見てても意味ないしそれで終わる世界だし。それを俺が人に見せたいって思う事は、それ自体が人と関わりたいってことだと思うし。付き合いをしていきたいっていう単純にそういう事だと思うし、それがメッセージだと思えばそうだし。写真は言葉にするものじゃないから。言葉じゃない物を撮れる物だからそういう物を大事にしてる感じかな?

----これまでかなりアジアとか色々旅をして、アジアとかっていうのはやっぱり結構呼ばれてる感じなのかな?

最初の話に戻るけど。多摩ニュータウンって場所で多感な時期を過ごしたんだけど。あそこってものすごく変な場所で。もともと多摩の大自然そのままの山を平らに切って、プラモデルみたいに街をバブル時代に建てていったような場所なんだけど。多摩ニュータウンって人の感情をあんまり感じない場所なの。設計図通りの場所みたいなところで。それへの反発心っていうか、もっとカオスな部分っていうか、もっと人間的なドロドロした部分に魅かれて行ったんだと思うね。アジアとかそういう部分はまだ混沌とした部分が残ってるから、土地土地に住んでる人のオリジナリティがまだ残ってるから、自分がそういう環境で住んでた事によって余計魅かれるんだと思うね。

----これから写真を撮りたいって人たちに対して伝えたい事とかあるかな?

写真は撮りたい人が撮ればいいと思うんだけど、日本で写真でなんとかするっていうか、写真で活躍できやすい環境ではない気がしていて。誰かのアシスタントとか写真学校行くとか色々あると思うんだけど。それ以外の見せ方、世間との交わり方があってもいいと思ってて。最近はとにかくに何しててもいいから写真は撮り続けていたくて。前は写真家とはとか、こういう風じゃないと駄目なんじゃないかとかみたいなのがあったんだけど、今はそういうのが全く無くて、写真は職業っていうかライフワークに近い感じだね。バリバリに職業としてやりたい人はやればいいと思うし、みんなが好きなように写真を撮ればいいんじゃないかなって思うね。まあ、写真はとにかく外に出るしかないから、家のドアを開けて外に一歩踏み出すっていう事でしかないから。自分にも言い聞かせてる事なんだけど。若い人はとにかく外に目を向けた方がいいと思います。

----最後に今後の活動とかあれば最後に聞かせてもらえるかな?

場所みたいなのが作りたくて、最近HATOSBARとかで働いてるんだけど、実際場っていうのは素晴らしいと思ってて。東京とか結構ストレスな街だけど、ああいう場がある事によってみんな持ってると思うし。なんかそういう場。プラス自分の写真も体感できるような場所みたいなのを作ってそれを見たもらうみたいな感じが最近は凄い理想かな?
やっぱり場って素晴らしいんなって思うんだよね。

  • 福田 創一郎(Hooky) 
  • 高校卒業後、アジア、ヨーロッパ各地を旅行し帰国後、写真スタジオに所属し本格的に撮影技術を学ぶ。2001湘南辻堂海岸にsputnik beach にてドキュメント撮影をする。後のロンドンバス日本横断パーティツアーで知られる、tripsterの旅の仲間となりドキュメント撮影。2006年には日本の代表的な旅の芸術家、葛飾北斎にインスパイアされ、rei(hatos)と絵と写真での記録の旅をスタートTHE NORTH FACE の協力により『Survival Drive』を出版。2009年アメリカ、ポートランドにて『survival Drive Exhibitions』を行う。

TEXT: NGTOM / PHOTO:CHANAGA

UPDATE 2013.11.23 03:02

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