天野タケルが生み出すもの...

2013-11-23

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Artist Interview

天野タケルが生み出すものアマノタケル

先日開催された渋谷芸術祭で大賞を受賞、これまでにも数多くの展覧会を開いてきた東京在住の日本人アーティスト、天野タケル氏が今回代官山UNICEにて『BEDROOM』という展覧会を開催しました。今回のテーマやアートへの思い等を率直に語っていただきました。

----『最初にアーティストとしてキャリアをスタートさせたのはいつくらいですか?若い頃はニューヨークに留学されていましたよね?』

俺の中ではニューヨークにとりあえず行ってみたいっていうのが昔からあったんだよね。19か20の間くらいから3、4年行ってたかな?
最初は普通に語学学校入ってたんだけど、そのまま進学すると大学生になっちゃうから途中で辞めてを繰り返して、最終的にファインアートの専門学校に彫刻で入ったんだけど、電車乗り継ぐのがめんどくさくて3日で辞めてたね。まあビザのために学校行ってるみたいな感じだったから。ニューヨークに居たいためにそれはやってて、まあ基本は遊んでたよね。家でも絵書けるじゃんってなっちゃうわけよ。

ニューヨークのときに一応、プリント会社に所属してて版画師やったりもしてたんだけど、まあ、遊んでたっていう。
ニューヨークで最初のグラフィティーブームが来てたから、90年代のヒップホップカルチャーの電車とかに落書きするみたいなグラフィティのキースへリングとかの流れが一回無くなったんだよね。一回市長が変わっちゃって街が超きれいになっちゃって、グラフィティ罰金80万とかそういう時代になって。
俺が居た当時は、そこからまたファッション関係のKAWSとかalifeとかそういう流れが来てた時代だったよね。
別に俺はそういうところに関わるとかじゃなくて普通に遊んでたよ。学生だったしまだ色々覚えたりしてる時期っていうか。
そうしてたらニューヨークに飽きてきちゃって、っていうのもビザのために学校行くのもがめんどくさくなっちゃって。まあ2000年くらいの夏に帰っきたんだけど、それからも半年とか3ヶ月とかニューヨーク行ったり、北京行ったりしてたけどね。そん時、北京の友達とデザイン会社とか作ったりして、初めて個展やったのも北京なんだよね。まあ、ぶらぶらしてたよね。自分を模索してたというか

----『今の会社を立ち上げたのはいつですか?』

東京帰って来てすぐだったから2000年くらいだね。まあ、14年くらいやってるかな?ただ会社にしただけだけどね。その前に事務所に入ったりして色々あったんだけど、芸能系のアート部門の会社とか入ったりしてDMキャンペーンのデザインとかもやったりしてたよ。鞄のデザインとか。言われた事をやるっていう。まあそこでイラストレーターとか学んだりして勉強になったけどね。写真もやったり映像もやってたから。帰ってきたときくらいに映画撮ったりしてたけどすぐ飽きちゃってたよね。
映画だと人が関わりすぎちゃうからしがらみが出来ちゃうしそういうのがちょっと嫌になっちゃった感じかな?
まあそんくらいにクロスマウンテン初めてVJやりだすんだけど、2001年くらいかな?パーティーやって作品飾ったりしたりそん時の仲間と今も色々やってるかな。その仲間もニューヨークの友達の友達とかで。
最初のクロスマウンテンに遊びに行ったときに、当時ジャーマンテクノがすげーかっこ良くてすげーいいよって一緒にやろうよってなった感じだね。
で東京帰ってきて中目黒のGASっていうKAMI君とかがやってる場所があって。俺そこに結構遊びに行ってて。日本にもこんな奴いるんだって思って。正直俺KAMI君だけは尊敬してて。それで俺も日本も面白いと思って日本でもやっていきたいなって思ったんだよね。

----『自分の展覧会をスタートしたのはいつですか?』

2004か05年くらいに最初の展覧会は北京だったんだけど、東京でやりたいなって思ってた時に、中目にスペースフォースっていう藤井フミヤのビルがあってそこで友達が働いてて展覧会やってみないかって言ってくれて。そこが東京で始めてやった場所なんだよね。
でまあ最初は絵なんか売れないし、でも展覧会やると人が来るじゃない?そこでパーティーと展覧会っていうスタイルを作って営業しないで展覧会やって仕事を取るっていうやり方を見つけて、しかもパーティーも出来るからね。ペースとしては最初の方は年に一回くらいだったけど。次の年位から毎月やってたね。クラブでもやるしカフェでもやるしお店とかでもやるし色々なところでやってきたかな。

----『今回のUNICEでの展覧会はBEDROOMっていうテーマですが、毎回テーマがあって作品を制作されるんですか?』

作品ありきのテーマだと思う。今回は特にプロダクトメインだからちょっと違うけど、完成した物に対してのテーマを後付けが多いかもしれない。まあ同時かな?
作品が溜まったら展覧会やりたいし。まあ展覧会も言い訳じゃないけど絵を描くための理由付けだったりもするよね。

----『今回のBEDROOMっていうテーマはどのくらいの段階から浮かんでいたのですか?』

最近結構プロダクトを作っててそれでベッドシーツみたいなの作れる所見つけたから作ってみたらこれいけるなあてなって。UNICEでBEDROOMにしてやったら面白いかもね。次リビングルームとか広がるかもしれないねっていう感じで決まっていったね。

----『今まではどういうテーマで展覧会をやってきましたか?』

最初の東京の展覧会は変態動物園ピースっていう動物メインの展覧会を開催したんだけど、彫刻とかシャンデリアとか動物で創ったりして。変態動物園だけどちょっとやりすぎだからピースつければ何とかなるかなっていう感じかな?怒られないギリギリのところ攻めたいみたいな。

----『渋谷芸術祭を受賞した作品のテーマについて聞かせてください。』

丸いキャンバスをずっと探してて、2年くらい前にニューヨークで見つけてダイヤモンドやっと描けるなって思って。ずっとダイアモンドが描きたくてダイアモンドをアートにしてる人がいないからやろうと思って描いた作品かな。

----『作品を生み出すのに1番自分が幸せを感じるときはどういう時ですか?』

作品を制作する前だね。アイデアが浮かんだ時が1番かな。描いてる時は次の作品とか考えたり、悩みとか違う事を考えたりするんだけど、描く前にアイデアをに思いついた時はやっぱり1番いいよね。
まあ、状況は色々あるけど車運転してる時とか、寝てる時もあるし、瞬間というか、メモっといたりして次の日とか起きていけそうだなとかそういう時かな?

----『香港でも展覧会をやってるけど行くようになったきっかけを教えてください?』

もともとドミニク•ペレゴっていう香港在住のギャラリストがいて、彼が東京にギャラリーをやりたいという時に日本でアーティストを捜してて、そん時ちょうどフランス大使館の移転のパーティーがあって、そこで日本で面白いアーティストいないのかって色々な奴に聞いたらみんながAMANO TAKERUだって言ってたみたいで『凄いお前の名前有名だったからやろうよ』って言われて。多分そん時に俺の名前を出してくれたのも友達なんだけど。でその後一回展覧会やったんだけどギャラリー出来たくらいに311の震災が起こって、その時に日本のアート界自体が結構きつくて、みんなそんな絵なんて観に行ってる余裕ないし、もともと買わないのにみたいになっちゃって。恵比寿の裏の方でやってたから人も通らないようなところだったし撤退しちゃったんだよね。なんだけど彼のギャラリーが香港にあるから年に一回くらい香港でやろうよってなってやってるね。香港でやるのも結構準備とかが大変で、やっとこないだの夏できた感じだね。今回のUNICEに関してはプロダクトメインだから自分の作品のちゃんとした展覧会は来年中にやらなきゃなって思ってて。まあ香港のギャラリーと日本でもやっていこうと思ってるよ。
あと、ニューヨークはやっぱりやりたいなって思ってるよ。来週からベルリンパリとか行くんだけどヨーロッパでもやりたいけどね。

----『作品を見る人たちに対してどう思ってほしいかそういうこだわりはありますか?』

絵って見る人が描くと思っていて。例えば黄色い○を描いたからといってある人はレモンと見るし、ある人は太陽と見るし。そんな別に理由なんてどうでもよくて、ただその人がその絵を好きか嫌いかしか無いと思うし。嫌いな人はいらないって言えばいいし。人間関係も同じ事言えるというか、好きなもんは好き、嫌いなもんは嫌い、そういうもんなんじゃないの?っていう。たかが絵だからね。

とりあえず創るのが好きでやってるから、その結果として商売になるかなんないかっていうのを模索して、例えば日本だったらこういうプロダクト作って売るっていうのもあるし、海外だったら逆にこういうマスな事をやってるとなかなか駄目だったんだよね。でも時代も変わってるし、まあぶち壊したいまでは言わないけど、今までと違うことをしたいっていうのがあってアートってこういうものだっていうのも壊していかないといけないなって思ってて。

せっかくだからね。どうせ死ぬからね。死ぬんだったら何やっててもいいじゃないかなって。

俺は好きな事やってるだけだし、たまたまそれが人が褒めてくれてこないだも渋谷芸術祭で優勝したり、たまにそういうご褒美というか続けてればなんかそういうこともあるしさ、やる価値があるよ。こないだの香港バーゼルもダミアンの一枚3mくらいの絵なんだけど1億4000万くらいで売れてんのよ。そんなのアート以外であり得ないじゃん。そこに夢があるっていうか。マグロじゃないけど。ロマンがあるよね。そういう夢があるっていうのもおもしろいなって。お金じゃないっていうかそこまでいくと。そういうのがあり得るっていうのがおもしろいなって。

あとやっぱりアートってやればやるほど良くなると思うんだよね。アートは才能よりもどんだけやったかっていうのと、昨日の絵より今日、今日より明日っていうどんどん蓄積されていくのがあるから、長生きして最後の絵を描きたいなってのがあるよね。俺もまだ全然駄目だと思うし、スタートラインに立ってるのかも分からないんだけど、もっともっと良くなる可能性があるっていうのがいいんだよね。
普通だったらだいたいの仕事って30くらいで極めちゃうじゃん。アートなんて30、40じゃぺーぺーみたいなもんなわけよ。日本画だったら特に70歳超えないとプロになれないわけ。その時間軸がいいなっていう。もっともっと良くなっていく、あがっていくだけってところが魅力的だよね。終わりは無いよね。

  • TAKERU AMANO
  • 白と黒、男と女。力強くも繊細なそのライン。相反する物の混在。1997年渡米、NYで版画を学び2000年に活動の基盤を日本へと移す。絵画・彫刻を基本にデザインやVJなど様々なフィールドでその才を活かしている。古きを踏まえ新しいカタチを常に模索するアーティスト然としたその姿勢に あらゆる分野から注目が集まっている。絵画、彫刻のみならずグラフィックデザイン、アートディレクター、映像作家、映画監督としての作品も多数。 岡本敏子賞を受賞。2014渋谷芸術祭大賞。

TEXT: yosi36 / PHOTO:yosi36

UPDATE 2013.11.23 03:02

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